大阪高等裁判所 平成10年(行コ)2号 判決 1999年10月15日
控訴人 A太郎
右訴訟代理人弁護士 小山千蔭
同 坂和優
同 中島俊則
同 永井弘二
同 武田信裕
同 池上哲朗
同 金京冨
被控訴人 国
右代表者法務大臣 陣内孝雄
<他1名>
右両名指定代理人 新田智昭
<他5名>
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人国は、控訴人に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月一六日(大津地方裁判所平成五年(行ウ)第二号事件の訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人厚生大臣が、控訴人に対し、平成六年一月七日付けをもってした戦傷病者戦没者遺族等援護法(以下「援護法」という。)に基づく障害年金請求の却下処分(厚障年却下第〇〇〇八〇七号)を取り消す。
第二事案の概要
次のとおり原判決を補正し、当審における双方の補充的主張を付加するほかは、原判決が「第二 事案の概要」に記載するとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の補正
1 原判決五頁末行の「同法」を「援護法」と改める。
2 同一三頁一〇行目の「一九四五年」を「昭和二〇(一九四五)年」と改める。
3 同一七頁二行目の「日韓協定」を「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(以下「日韓請求権協定」という。)」と、同三行目の「一九六五年」を「昭和四〇(一九六五)年」と、同五行目の「国際人権(自由権)規約」を「市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第七号、以下「B規約」という。)、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第六号、以下「A規約」という。)」と、同六行目の「一九七九年」を「昭和五四(一九七九)年」とそれぞれ改める。
4 同一八頁九行目の「本件のように」を「本件においても」と改める。
5 同二〇頁九行目の「一九四五年」を「昭和二〇(一九四五)年」と改める。
6 同二一頁二行目の「国籍ゆえに」を「日本国籍を有するがゆえに」と改める。
7 同二三頁二行目の「戦傷者」を「戦死傷者」と改める。
8 同二八頁五行目から七行目にかけての「市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第七号。以下「B規約」という。)」を「B規約」と改める。
9 同二九頁九行目の「B規約二六条」の後に「及びA規約二条」を加える。
10 同三一頁六行目の「「」を削除し、同九行目の「保証」を「保障」と改める。
11 同四七頁末行の「「現世の」を「現下の」と改める。
12 同五〇頁一〇、一一行目の「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第六号)(以下「A規約」という。)」を「A規約」と改める。
13 同五一頁四行目の「無差別禁止」を「差別的取扱いの禁止」と、同九行目の「一九八一年」を「昭和五六(一九八一)」年とそれぞれ改める。
14 同五三頁末行の「一九八九年」を「平成元(一九八九)年」と改める。
二 当審における双方の補充主張
(控訴人)
1 戸籍条項と憲法一四条違反について
援護法は、戸籍条項によって控訴人を含む在日韓国・朝鮮人である元日本国軍属等(以下「控訴人ら在日韓国人軍属等」ともいう。)を同法の適用対象から除外しているが、援護法の制定当時において、日本と韓国の二国間協議(外交交渉)により、朝鮮半島出身者の援護に関する問題の解決が図られるような状況にあったかどうかは疑問であり(甲一三四参照)、仮に、立法当時、そのような状況が存在していたとしても、その後、日韓請求権協定が締結され、控訴人ら在日韓国人軍属等は日本及び韓国のいずれからも補償を受けられなくなったから、国籍条項及び戸籍条項による差別的取扱いの合理性を基礎づける立法事実には変化が生じている。したがって、控訴人ら在日韓国人軍属等に対し、その後も、国籍条項及び戸籍条項を理由に援護法の適用を排除することは憲法一四条に違反する。
2 人権規約違反について
(一) 本件における「外国人」の分類
本件で問題となる「外国人」は、単なる「外国人一般」ではなく、「元日本国籍を有し、戦後自己の意思によらずに(民事局長通達によって国籍選択権を与えられずに)日本国籍を剥奪された現在は外国人である者」であって、その地位は強制的に押しつけられたものであり、自らの意思で変えることのできないものであった点で、人種・性・皮膚の色・民族・国民的出身等の伝統的な「疑わしき分類」に属するものであるから、それを理由とする差別が不合理な差別をもたらすものかどうかの判断には「厳格な合理性の基準」による審査が要求される。加えて、本件で請求する権利の発生要件にとって本質的な事実が発生した時点における控訴人の国籍が日本国籍であったことをみると、控訴人は外国人というよりは、限りなく日本人に近い存在であり、権利の請求時点のみにおいて外国人であることは全く重要でなく、その点においても、より一層厳格な「合理性の基準」が要請される。したがって、被控訴人らには、控訴人ら在日韓国人軍属等を援護法の対象から除外するについては、その目的及び利益が本質的なものであり、その分類が目的達成及びその利益を保護するために必要であり、かつ、やむを得ないことの挙証責任があるが、被控訴人らはこれを尽くしていない。
(二) 援護法の立法趣旨と厳格な合理性の基準の要請
(1) 援護法の立法趣旨からすれば、控訴人ら在日韓国人軍属等(旧植民地出身者)に対しても援護法は当然に適用されるべきである。
すなわち、援護法は、「この法律は、軍人軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し、国家補償の精神に基づき、軍人軍属等であった者又はこれらの者の遺族を援護することを目的とする」(一条)と規定しており、法による援護の措置は、提供された軍務あるいはそれに準ずる役務の提供に対する「補償」としての性格を有し、かつ国家の義務としてなされるものであり、かかる趣旨は、援護法制定時における吉武厚生大臣の衆議院厚生委員会における答弁や平成四年三月の衆議院予算委員会における多田政府委員の答弁等においても明確に確認されている。
したがって、援護法の立法趣旨からいえば、援護がなされるか否かは過去において軍務等を提供したかどうかという基準によってのみ決せられるべきであり、日本国籍を有する者と同様に軍務に服したという事実が存在するにもかかわらず、国籍がないという軍務等の提供とは関係のない事情をもって同法の適用を排除するには、厳格な合理性の基準に基づくことが必要とされるというべきである。
規約人権委員会は、「ゲイエ外対フランス事件」における「見解」において、フランスの軍人年金に関して「年金は国籍の故に支給されるものではなく、過去においてなされた軍務の故に支給されるものである」と明確に判断しているが、この趣旨は本件にもあてはまるというべきである。
(2) 援護法の立法当時、日本国と旧植民地の分離独立地域の主権国との間では戦後外交交渉等が予定されていたため、控訴人ら在日韓国人軍属等を日本国籍を有する軍人軍属等と同様に取り扱って良いかどうかが必ずしも明らかではなかったとしても、控訴人ら在日韓国人軍属等は、所得税・住民税等の租税を納入しており、援護のための原資を日本国籍を有する者と全く平等に負担しているのであるから、援護についてもそれに対応した平等な取扱いがなされるべきである。平和条約発効に伴う民事局長通達により日本国籍を失った時点で在留していた在日韓国人及びその家族は、日本国への在留資格も近時「特別永住資格」で統一されており、国籍こそ有しないものの、日本国に永住する意思と永住の生活実態を有する者であることが公的にも確認されているのであるから、少なくとも、控訴人ら在日韓国人軍属等については、日本国籍を有する者と同じ取扱いがなされるべきである。
(三) 「戦争被害の特殊性論」を根拠とする「緩やかな合理性の基準」の採用することの誤りについて
従来戦争被害の特殊性が論じられてきたのは、一般国民の戦争被害について補償立法がなされるべきか否かという場面であり、国民全体が等しく受忍すべきものであるということが立法裁量論の根拠となっている。
しかし、一般国民の戦争被害に対する補償がどうあるべきかという問題は、戦争被害は国民が等しく受忍しなければならなかったということから、補償を行うか否か、補償するとして具体的にどのような補償立法を行うかということについて立法府の裁量を認めることにはそれなりに合理性があるとしても、本件における旧日本軍の軍人軍属等に対する援護がどうあるべきかという問題は、一部の者だけが特別に受けた損害に対する補償をどうするかという全く別次元の問題であり、具体的に補償立法を行った場合には、援護法によって補償を及ぼすべき範囲は、右のような国家との一定の関係を前提とした補償という枠の中で合理的に画定される必要があるのであって、もはや右戦争被害の特殊性を根拠に幅広い立法裁量が認められる余地はないというべきである。
したがって、戦争被害の特殊性を根拠とする立法裁量論は、援護法において国籍による差別が許されるか否かという場面には妥当しないというべきであるから、援護法の国籍条項及び戸籍条項の合理性を審査する場合には、「緩やかな合理性の基準」を採用することは許されず、「厳格な合理性の基準」によって審査されなければならない。
(四) 援護法上の権利の性質が社会保障に対する権利であることを根拠に緩やかな合理性の基準を採用することの誤り
(1) 援護法による援護の社会保障的側面
援護法による援護が各人に対する生活の保障・援助という側面をも有するとしても、第二次世界大戦以後においては、ILO、国連における移住労働者に関する条約・決議や、EU諸国を中心とする多国間・二国間条約及びその判例法(特にEU条約)などによって、社会保障を含む内外人平等取扱いの傾向が明確になっており、今日までの間に、少なくとも一定期間在住した外国人については、社会保障に関しても内外人と全く同様に取り扱うことが国際社会の共通理念としてほぼ確立されたといってよい。
我が国においても各種社会保障立法の国籍条項が順次撤廃されてきており、少なくとも、控訴人のような定住外国人に関する限り、むしろ社会保障は所在地国の責任であることがもはや動かし難い「国際間の基本原理」となっているのである。
したがって、仮に、援護法による補償を受ける権利に社会保障的な側面があるとしても、その故に緩やかな合理性の基準が肯定されるものではない。
(2) 外国人の社会権保障
ア わが国の従来の考え方
従来は、外国人に対する社会権の保障は「もっぱらその人の属する国の責任」(宮沢説)であると解されていたが、この国家帰属性論は、社会権が国家の具体的な施策によってはじめて具体化される権利であるという把握に基づいている。そして、憲法二五条を具体化する立法措置は広い立法裁量に委ねられており、「それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱、濫用とみざるを得ないような場合を除き、裁判所が審査判断するに適しない事柄である」とされていた(最高裁平成元年三月二日第一小法廷判決・判例時報一三六三号六八頁)。
イ 先進五か国の戦後補償
しかし、社会保障的側面をもつ「負傷又は戦死した外国人に対する欧米各国の措置概要」(外務省アジア局中国課調査)によれば(甲四三)、アメリカ・イギリス・フランス・旧西ドイツのすべてが、右給付・手当を外国人兵士に対して自国民と等しくあるいはこれに準じて保障しており、社会権についても、以下のとおり、内外人平等を保障するのが国際的な潮流である。先進国において保障が全く零であるのは唯一日本のみであり、このことは、従来の日本の学説ないし判例が国際的に特異な立場に立っていることを如実に示すものである。
(ドイツ)
ドイツ連邦社会扶助法一二〇条は、基本法一一六条一項の意味のドイツ人ではなく、かつ本法の適用領域に事実上滞在する者には本法に基づく生活扶助・医療扶助・妊産婦扶助・介護扶助が支給されなければならないと規定しており、同項但書の社会扶助を受ける目的で入国した外国人を除き、その他すべての外国人につき社会扶助を認めている。
(フランス)
フランスの昭和二一(一九四六)年憲法前文一一項は、すべての者に対し最低限の社会保障の権利を保障しているが、憲法院は、平成二(一九九〇)年一月二二日、国民連帯基金補足手当、すなわち最低生活費を確保できない老齢・無資力者に対する手当の支給を、外国人についてはEEC国民条約で認められた場合に限って支給するとの法律改正を憲法違反(平等差別規定違反)とした。これは、非拠出性の給付に関し、適法在留の外国人(当該事案では、必ずしも定住ではなかったが、三年以上居住していた。)は、条約の有無を問わず、外国人一般につきフランス人と同じ取扱いを認めた者である。この趣旨は、平成五(一九九三)年八月一三日の憲法院判決にも受け継がれており、同判決は、「フランス領土に居住するすべての者に認められる憲法的価値を有する基本的自由及び権利を遵守するのは立法者の義務であり」、「外国人はフランス領土に安定的かつ適法に居住する以上、社会保障の諸権利を享受する」と判示している。
(アメリカ)
グレアム対リチャードソン事件において、連邦最高裁は、定住外国人に対し、障害者に対する社会保障給付を否定するアリゾナ、ペンシルベニア各州の州法を違憲無効とした。同事件で、アリゾナ州、ペンシルベニア州は、「特別公共利益論」という前記日本学説(宮沢説)と全く同じ立場を取り、「社会福祉のように限られた富の分配につき外国人よりも固有の市民を優遇できる」と主張したのに対し、連邦最高裁は、「支出制限の目的は正当であるが、市民と同様に多年に州内で生活し、労働し、経済成長に貢献しうる外国人に対する社会保障給付の否定は平等保障条項に反する」と判示したのである。
(3) 国際人権規約による厳格な基準
以上のとおり、他の先進諸国にも、また近時の日本学説にも、社会保障の権利であるから、国民に対して保障されるものが、外国人に対して適用される場合にはその制約要件は厳格な基準でなくてもよいとする法理ないし判例は全く存在せず、このことは、我が国が批准しているB規約二六条の解釈基準としても承認されているところである。
すなわち、規約人権委員会の「一般的意見一八(差別の禁止)」の一二項は、B規約について、「本規約二条は、差別に対して保護すべき権利の範囲を本規定に規定された権利に限定するものであるが、他方、本規約二六条にはこのような制限は明記されていない。すなわち、本規約二六条では、全ての人は法の下に平等であり、かつ差別なくして法によって平等に保護されているということを規定しており、かつまた、列挙されたどのような理由による差別に対しても、全ての人は平等かつ効果的な保護が法によって保障されるということをも規定するものである。本委員会の見解によると、本規約二六条は、既に本規約二条で規定されている保障を重複して保障するものではなく、この二六条はそれ自身自律的な権利を規定するものである。公共機関が統制しかつ保護しているいかなる分野においても、二六条は、法律上においても事実上においても、差別することを禁止するものである。それ故に、締約各国に課された立法上並びにその適用上の義務は本規約二六条と関係を有するものである。かくして、ある国によって立法が行われた場合には、その立法はその内容において差別があってはならないという、本規約二六条の要請に合致しなければならない。他の言葉で表現すると、本規約二六条に規定されている差別禁止の原則が適用されるのは、本規約上に定められた権利に限定されないということである。」と述べている。
したがって、右解釈基準によれば、社会保障立法にもB規約二六条による「他の地位」つまり「国籍」による差別禁止が規制原理として及ぶとされるのであり、しかも、社会権の差別が自由権と異なって緩やかな合理性の基準でよいなどとはされていないのである。
なお、規約人権委員会のブリークス対オランダ事件及びパウゲル対オーストラリア事件における「見解」においても、社会権の保障には自由権と同等の審査基準が必要との立場が示されているし、アメリカの連邦最高裁における保健・教育・福祉長官カリファノ対ウェスコット判決においても、社会権の差別の合理性が緩やかなものでよいとの考え方は否定されている。
(4) 日本政府の第四回定期報告書に対する規約人権委員会の「最終見解」
平成一〇(一九九八)年一〇月二八日及び同月二九日、規約人権委員会において、規約四〇条に基づく日本政府の第四回定期報告書に対する審査が行われ、右審査の結果、同年一一月五日、右報告書に対する「最終見解」が採択された。
今回の「最終見解」は、既に平成五(一九九三)年の第三回定期報告書に対する審査の際の「コメント」においても指摘されていたとおり、旧日本軍の軍人軍属に対する恩給等の国籍条項がB規約二六条に違反する差別であることを改めて確認し、これを是正するよう求めるとともに、さらに踏み込んで、日本の裁判所がこれを差別でないと判断していることに対して、日本の裁判所が採用している解釈基準が規約の解釈基準と一致していないこと及び日本の裁判官等に人権規約を正しく理解するための研修等が必要であることにまで言及した踏み込んだ内容となっている。これは、規約人権委員会が、日本の国内裁判において、旧日本軍の軍人軍属等に対する国籍による差別が許されるとする一連の判決が出されている現状について、そのような誤った判決がなされている最大の原因として日本の裁判官の規約に対する理解不足があるとの認識に立っていることを示している。
3 立法不作為による被控訴人国の責任について
立法不作為による国家賠償請求については、その立法不作為が日本国憲法秩序の根幹的価値に関わる基本的人権の侵害をもたらしている場合には、例外的に国家賠償法上の違法をいうことができるものと解すべきところ、本件は憲法一四条に定める平等権の著しい侵害であり、日韓請求権協定の締結後、昭和四六(一九七一)年には韓国において補償に関する国内法が制定され、控訴人ら在日韓国人軍属等に対しては韓国政府からの補償がなされないことが確定したのであるから、被控訴人国は、右時点で控訴人に対し援護法に基づく支給を行わないという取扱いが憲法一四条に違反していることを明白に認識していたにもかかわらず、その後三〇年近くにわたり何らの是正措置を講じなかった。
これは立法府である国会の著しい怠慢というほかなく、憲法及び国際人権の根幹的価値に関わる平等権の侵害を是正すべき作為義務に違反しているから、立法不作為の違法性が存在することは明白である。
仮に、被控訴人国が右の時点では憲法一四条違反を明確に認識していなかったとしても、平成七(一九九五)年の規約人権委員会によって、旧日本軍の軍人軍属等であった在日韓国人に対する恩給拒否は差別であることを懸念する旨の表明がされており、この時点で控訴人ら在日韓国人軍属等を差別する取扱いが憲法一四条及びB規約二六条違反であることを認識していたはずであり、その後、相当期間が経過してもなお何らの措置を講じていない点で立法の不作為の違法性が存在することは右と同様である。
4 戸籍条項の失効について
援護法において、戸籍条項が規定された理由は、同法の制定作業と同時進行していた日韓予備会談において、平和条約発効までに何らかの取極がなされないことが確実となったため、とりあえず旧植民地出身者には「当分の間」同法を適用しないという暫定的な措置を講じるため、附則に戸籍条項を設けることになったものであるから、戸籍条項の「当分の間」という文言の解釈としては、「旧植民地の各国と日本政府との協議により何らかの取極がなされ、問題の解決が図られるまでの間」という解釈以外ありえない。
ところが、その後、日韓請求権協定が成立したものの、在日韓国人である軍人軍属等に対する補償の問題は同協定における「完全かつ最終的」な解決から除外され、以後二国間での協議、取極による解決が図られる可能性はなくなったから、戸籍条項は失効したものと考えるべきである。
また、援護法が、戸籍条項において、わざわざ「当分の間」適用しないとしたのは、旧植民地出身者が帰化等の理由により日本の国籍を取得して戸籍を作成すれば援護法による給付を行うこと、すなわち援護法本則の国籍条項の解釈として「自己の意思に基づかない国籍喪失」は国籍条項が規定する国籍喪失には含まないと解釈することが予定されていたからに他ならず、こう理解して初めて本則の国籍条項と附則の戸籍条項との関係を論理的に明快に説明しうるのである。したがって、援護法の国籍条項の解釈としても、「国籍喪失」には「自己の意思に基づかない国籍喪失」は含まれないと解すべきである。
(被控訴人ら)
1 戸籍条項及び国籍条項について
(一) 戸籍条項の「当分の間」の解釈
援護法は、「戸籍法(昭和二十二年法律第二百二十四号)の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しない。」と規定しているところ、「当分の間」という法令上の文言は、「別途、当該法令の改廃等の立法措置が講ぜられない限り当該法令が継続して効力を有する」という趣旨で用いられるものであり(「当分の内」と定めた刑法施行法二五条一項の効力に関する最高裁昭和二四年四月六日大法廷判決・刑集三巻四号四五六頁参照)、戸籍条項のそれについてもこれと異なるものではない。
また、援護法は、給付を日本国籍を有する者に行うとの立法政策の下に、恩給法にならい、日本国籍を有しないかこれを失ったことを失格事由(援護法一一条二号、三号、二四条、二九条一項二号、三号、三五条一項、三八条二号)又は失権事由(同法一四条一項二号、三一条一項二号)とする旨の国籍条項を設けたものであり、附則二項は、昭和二七年四月三〇日の援護法の公布施行に際し、その適用が同月一日に遡及することとされたものの、当時、分離独立地域である台湾、朝鮮半島出身者の国籍喪失時点については必ずしも明らかでなかったことから、これらの者に対して援護法の適用がないことを明らかにする趣旨で設けられたものであり、このことは、同月二日に開かれた援護法案審議のための衆議院厚生委員会における政府委員の答弁においても、援護法上の援護対象者は日本国籍を有する者に限定したが、当時、分離独立地域である台湾、朝鮮半島出身者の国籍の帰属が不分明であったので、これらの者に対して援護法の適用がないことを明らかにする趣旨で戸籍条項が設けられた旨述べられていることからも明らかである。
したがって、かかる立法経緯からしても、「当分の間」というのは、将来の特定の事柄の発生を予定してそれまでに限る趣旨で規定されたものではないというべきである。
そして、戸籍条項については、現在に至るまで別段の立法措置は取られていないから、右戸籍条項は現在も有効な規定である。
(二) 国籍条項の解釈
被控訴人厚生大臣が、本件障害年金請求却下処分を行うに際し、戸籍条項のみを挙げたのは、援護法の適用自体を排除する戸籍条項は国籍条項に優先して適用されるためであって、本件においては、直接には戸籍条項の効力・解釈を問題とすれば足りるものである。
なお、控訴人は、戸籍条項の「当分の間」の解釈に関連して、戸籍条項が「当分の間」と規定したのは、旧植民地出身者が帰化等の理由により日本国籍を取得して戸籍を作成すれば援護法による給付を行うことを予定していたためであるから、援護法本則の国籍条項の解釈としては「自己の意思に基づかない国籍喪失」は含まないと解釈すべきであると主張するが、援護法は、国籍条項に関しては、単に「日本の国籍を失った」(一一条二号、三号、一四条一項二号等)とのみ規定しているのであるから、同法の国籍条項の解釈において、平和条約の発効に伴い日本国籍を喪失した者について日本国籍を喪失していないと解釈することはできないというべきであり、立法者も、外国人である軍人軍属に対しては、賠償問題として考慮するべきすじであるとの認識に立っていた。したがって、控訴人の右主張は失当である。
2 援護法における戸籍条項及び国籍条項の合憲性
(一) 立法府の裁量と憲法一四条
憲法一四条は、絶対的な法の下の平等を保障したものではなく、合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反しない。
したがって、立法府が法律を制定するに当たり、その政策的、技術的判断に基づき、各人についての経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異又は事柄の性質上の差異を理由としてその取扱いに区別を設けることは、それが立法府の裁量の範囲を逸脱したものでない限り、合理性を欠くということはできず、憲法一四条に違反するものではないというべきであり(最高裁平成元年三月二日第一小法廷判決・集民一五六号二七一頁参照)、当該条項が憲法一四条に違反するかどうかの司法審査も、それが立法府の裁量を逸脱したものであるかどうかを基準として判断すべきである。
(二) 援護法による援護と立法府の裁量
援護法による援護は、戦争被害に対する補償の性質を有すると同時に社会保障の側面をも有するが、以下に述べるとおり、いずれの点からみても、立法府は、その支給対象者の決定について、政策的、技術的判断に基づく広範な裁量権を有するものである。
まず、戦争被害に対する補償の点についてみれば、戦争は、国の存亡にかかわる非常事態であり、国民のすべてが多かれ少なかれその生命、身体、財産について犠牲ないし損害を余儀なくされるのであって、これらの犠牲は、国民の等しく受忍しなければならないものであるから、そのような被害について、国が、いかなる範囲の者に対していかなる程度の補償を行うかは、国民感情や社会、経済、財政、国際、政治事情等を考慮した政治的判断を要する立法政策に属する問題であり(最高裁昭和四三年一一月二七日大法廷判決・民集二二巻一二号二八〇八頁、最高裁昭和六二年六月二六日第二小法廷判決・集民一五一号一四七頁参照)、一般の戦争被害と軍人軍属等に生じた戦争被害との間にも本質的な差異はないものである(最高裁平成四年四月二八日第三小法廷判決・判例時報一四二二号九一頁、最高裁平成九年三月一三日第一小法廷判決・民集五一巻三号一二三三頁)。
そうだとすると、その補償の要否及び在り方は、事柄の性質上、財政、経済、社会政策等の国政全般にわたった総合的政策判断を待って初めて決し得るものであるから、これについては、国家財政、社会経済、戦争によって国民が被った被害の内容、程度等に関する資料を基礎とする立法府の裁量的判断に委ねられているものと解される。
また、援護法による援護は、老齢、障害又は死亡の事由が生じた場合に、軍人軍属本人又はその遺族を援助するという社会保障的な側面を有するものであり、このような社会保障的分野においては、憲法一四条との関係においても、判例上、一般に広範な立法裁量が認められている(最高裁昭和五七年七月七日大法廷判決・民集三六巻七号一二三五頁、前掲最高裁平成元年三月二日第一小法廷判決参照)。
したがって、援護法による援護の支給対象者の決定については、戦争被害の補償の面からも、また、社会保障的側面からも、立法府に政策的、技術的判断に基づく広い裁量権が認められるのであり、戸籍条項及び国籍条項による法的取扱いの区別は、右裁量権の範囲内で行われたものであるから、憲法一四条に違反することはないというべきである。
なお、このような事項に対して、例えば、裁判所が戸籍条項、国籍条項を無効とした場合は、裁判所が当該外国人に対し日本人と全く同一額の給付を命ずることになるが、これは、本来立法府がもつ前記の裁量権を侵害することになりかねないものである。
3 国家賠償請求について
在日韓国人である軍人軍属等について戦後補償を行うか否かの判断は、極めて高度な政策的判断を要する立法上の事項であるところ、仮に、国会議員の立法不作為が国家賠償法上違法であると評価される場合があるとしても、それは、右立法不作為が憲法の一義的な文言に違反しているような例外的場合に限られるところ、控訴人ら在日韓国人軍属等について戦後補償の立法を行うことを一義的に命じる憲法上の規定は存せず、本件はかかる例外的場合に当たる余地はないから、それが違法の評価を受けることはない。
これに対し、控訴人は、日韓請求権協定の締結後の昭和四六(一九七一)年には韓国において補償に関する国内法が制定され、控訴人ら在日韓国人軍属等に対しては韓国政府からの補償がなされないことが確定したのであるから、日本国政府はその時点で控訴人に対し援護法に基づく支給を行わないという取扱いが憲法一四条に違反していることを明白に認識していたにもかかわらず、その後三〇年近くにわたり何らの是正措置を講じなかったことに立法不作為の違法性があり、仮に、その時点では憲法一四条違反を明確に認識していなかったとしても、平成七(一九九五)年に、規約人権委員会が、旧日本軍人であった韓国・朝鮮人の恩給拒否が差別であることを懸念している旨表明した時点において、本件取扱いが憲法一四条及びB規約二六条違反であることを認識していたはずであり、その後相当期間が経過してもなお何らの是正措置を講じていないことに立法不作為の違法性があると主張するが、控訴人が主張する右の事情は、いずれも、憲法上、何らかの是正措置を講ずべき作為義務があることを一義的に明白にする事情とはいい難い。
第三争点に対する判断
一 被控訴人国に対する損害賠償請求の可否
1 国際慣習法違反に基づく請求について
この点に関する判断は、原判決が「第四」の「一」の「1」(原判決五五頁三行目から同五七頁九行目まで)に記載するとおりであるから、これを引用する。
2 民法七〇九条に基づく請求について
この点に関する判断は、原判決が「第四」の「一」の「2」(原判決五七頁一〇行目から同六〇頁五行目まで)に記載するとおりであるから、これを引用する。
3 国家賠償法(立法不作為の違法)に基づく請求について
(一) 援護法の立法目的及び同法附則二項(戸籍条項)の内容等
援護法は、昭和二七年四月三〇日に公布、施行され、同月一日に遡って適用することとされた法律であり、その立法趣旨は、「軍人軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し、国家補償の精神に基づき、軍人軍属等であった者又はこれらの者の遺族を援護すること」(一条)にある。
そして、同法は、軍人軍属等の定義規定として、「もとの陸軍又は海軍部内の有給の嘱託員、雇員、よう人、工員又は鉱員」(二条一項二号)等を挙げているから、控訴人に援護法が適用されるとすれば、控訴人は、同法にいう「軍人軍属等」として「障害年金」(同法七条一項)の受給権を有する者に該当することになる。
他方、援護法は、「障害の状態になった日において日本国籍を有しないか、又はその日以後昭和二七年三月三一日等の定められた日以前に日本国籍を失ったもの」(同法一一条二号)には障害年金等を支給しないと定めたり、障害年金を受ける権利を有する者が「日本の国籍を失ったとき」(同法一四条一項二号)にはその権利が消滅することを定めるなど、援護法に基づく障害年金等を受ける権利を日本国籍を有する者に制限する旨の国籍条項を設けており、かつ、附則二項において、「戸籍法(昭和二十二年法律第二百二十四号)の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しない。」旨の戸籍条項を定めているところ、控訴人は、日本国籍を有せず、戸籍法の適用を受けない者であるため、援護法の適用を排除されている。
(二) 援護法の制定経緯、国籍条項及び戸籍条項が設けられた理由
(1) 援護法の制定経緯
第二次世界大戦の終戦当時までは、軍人や文官が公務上負傷し、又は疾病にかかり、これによって障害の状態となり又は死亡したときには、恩給法による傷病恩給、公務扶助料等が支給されていたが、終戦後、連合軍の占領下において、連合国最高司令官の指示に基づき出された「恩給法ノ特例ニ関スル件」(昭和二一年勅令第六八号)によって、重度の戦傷病者に対する恩給を除き、軍人恩給は廃止の措置が取られた。
しかし、その後、日本の主権の回復が迫ってくると、戦傷病者及び戦没者の遺族の処遇問題についての議論が高まり、恩給の廃止を受けていた軍人に対するほか、軍属等に対しても国家補償の精神に基づいた援護を行うため、援護法が恩給法に準拠して制定された。
(2) 援護法に国籍条項及び戸籍条項が設けられた理由
援護法は、前記のような国籍条項及び戸籍条項を設けているが、これは、恩給法にならい、その給付を日本国籍を有する者に限定するとの立法政策によるものである。
援護法が国会で可決成立したのは、昭和二七年四月二五日であり、その公布施行は同月三〇日であったが、同法は、その適用については、同月一日に遡及することとされた。
そして、援護法制定当時、平和条約二条が掲げるいわゆる分離独立地域(朝鮮半島等)の出身者である在日韓国人等については、日本の国籍を喪失すること自体は予定されていたが、その国籍喪失時期等が必ずしも明確ではなかったこと、平和条約四条aは、日本と分離独立地域との間の財産・請求権等の問題は、日本と現にこれらの地域の施政を行ってい当局との間の「特別取極」の主題とする旨を規定しており、在日韓国人等の戦争被害に関しても、右特別取極の主題に含まれ、日本と韓国の二国間協議による外交交渉によって解決されるものとして、援護法制定に先立つ昭和二六年一〇月二〇日には、日韓予備会談が開始されていたこと等の種々の事情を勘案して、援護法本則の国籍条項とは別に、旧植民地出身者には援護法の適用がないことを明らかにする趣旨から、附則二項に戸籍条項が設けられた。
なお、戸籍条項の内容は、「戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しない。」というものであるが、戸籍条項が設けられた右のような経過によれば、「当分の間」というのは、将来の特定の事柄の発生(例えば、日本と韓国の二国間協議による補償問題の解決等)を予定し、在日韓国人等に対する援護法の適用をその時期までに限る趣旨で規定されたものでなく、援護法自体としては、在日韓国人等に対する援護は行わないとの立法政策に基づいて設けられたものと解される。そして、日本政府が、右のような立法政策を取ったものであることは、そもそも、「当分の間」という法令上の文言が、別途、当該法令の改廃等の立法措置が講じられない限り当該法令が継続して効力を有するという意味に理解されていること(最高裁昭和二四年四月六日判決・刑集三巻四号四五六頁参照)からも明らかである上、片岡文重参議院議員の昭和三二年四月一日付け質問主旨書(乙五の一)に対し、当時の岸信介内閣総理大臣が「恩給法は戦傷病者戦没者遺族等援護法によってこの問題を解決することは不適当であり、結局日韓、日中両国政府間における問題として他の請求権の問題と関連して考慮せざるを得ないのではないかと考えている。」との答弁書を提出していることからも十分に推認されるところである。
(三) 国籍条項及び戸籍条項と憲法一四条、A、B両規約との適合性の有無
(1) 憲法一四条、A、B両規約の意義
憲法一四条は、法の下の平等を定めているが、その本質は人間の人格価値が平等であることを理念として、これに反する不合理な差別を禁止することにあるものと考えられるから、その保障は、特段の事情が認められない限り、我が国に在住する外国人に対しても同様に及ぼされるべきものである。
もっとも、右規定は、あらゆる法的関係において外国人を日本国民と同様に取り扱うべきことまでを要請しているものではなく、現下の世界体制が国家という単位を基礎としている以上、保障の対象となる権利の特性に応じて、外国人と日本国民との間に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに差別を設けること自体は、それが合理的理由のない差別にあたらない限り、禁止されるものではないと解される。
したがって、本件のような日本国籍の有無を理由とする援護法の法的取扱いの差異についても、それが憲法一四条に違反するかどうかは、援護法の立法目的、法的取扱いの差別の内容、程度等から、その差別が憲法の右規定の趣旨に反するかどうかによって判断されるべきことになる。
なお、我が国は、昭和五四年六月二一日にA、B両規約を批准し、同年九月二一日にはその国内的効力が発効したことから、これらを遵守すべき一般的な義務があるところ、A、B両規約が定める差別禁止は、我が国の憲法一四条が定める合理的な理由のない差別禁止と同様の趣旨と解するのが相当であるから、その裁判規範性の有無の点はさておくとしても(国籍条項及び戸籍条項とA、B両規約との適合性の有無については、後記に検討するとおりである。)、右A、B両規約の解釈として国際的に採用されている解釈基準は、憲法一四条の解釈においても十分尊重されるべきものであることはいうまでもない。
(2) 戦争被害の補償と立法裁量
戦争は、国の存亡にかかわる非常事態であり、国民のすべてが多かれ少なかれその生命、身体、財産についての犠牲ないし損害を余儀なくされるものであり、一般的には、これらの犠牲は、軍人軍属等が被った戦争被害を含め、国民の等しく受忍しなければならないものというべきであって、こうした戦争被害一般について、国が、いかなる範囲の者に対していかなる程度の補償を行うかは、国民感情や社会、経済、財政、国際、政治事情等を考慮した政治的判断を要する立法政策に属する問題であると解される(最高裁昭和四三年一一月二七日大法廷判決・民集二二巻一二号二八〇八頁等)。
しかしながら、戦争被害に対する補償を行うかどうかについて、立法機関である国会が広範な立法裁量を有するとしても、軍人軍属等の戦死傷病者が被った戦争被害に対し、一般国民とは別に、軍人軍属等であったことを理由としてこれらの者に援護を行うとの立法を行う場合には、戦争被害一般に対する補償をどうするかの問題とは場面を異にするのであるから、日本国籍を有するか否かによってその法的取扱いを異にする内容の立法を行うことが憲法一四条の趣旨に反しないかが改めて検討されなければならず、国会が広範な立法裁量を有しているということから当然に国籍条項及び戸籍条項を設けることが憲法一四条に違反しないということはできない。
何故なら、戦争被害の補償につき、一般国民に何らかの補償を行うかどうかの問題は、戦争被害が国民の等しく受忍しなければならない問題であるから、その補償を行うか否か、補償を行うとして具体的にどのような補償立法を行うかについて立法府の裁量を認めることにはそれなりに合理性があるとしても、国(旧日本軍)との雇用関係ないし雇用関係類似の関係にあった軍人軍属等の被った被害について、使用者としての地位にあった国が援護ないし補償を行うかどうかの問題は、その場面が異なるというべきであり、これらの者に対して一般国民とは別に援護を行うとの立法判断をした以上、その内容は、日本国籍を有するか否かに関わりなく、その対象とすべきであったとも考えられるのであって、国籍条項及び戸籍条項を設けて日本国籍を有する者とそうでない者との間に異なる法的取扱いをするためには、憲法一四条の趣旨に反しない合理的な根拠が必要であり、単に戦争被害の補償立法であることを理由とするだけでは、日本国籍を有しないという援護の趣旨とは何らの関係のない事情をもって、これらの者を援護法の対象から除外することの合理性を肯定することはできないものと考えられるからである。
(3) 援護法に基づく給付の法的性質と立法裁量
援護法は、前記のとおり、国(旧日本軍)と一定の雇用関係ないし雇傭類似の関係にあった軍人軍属等を対象に、一般国民が受けた戦争被害とは別に、これらの者の公務上の負傷、死亡等の戦争犠牲に対して援護を行うものであるから、その本質は、戦争被害を受けた軍人軍属等に対する国家補償にあると考えられる。したがって、その立法趣旨からいえば、援護がなされるか否かは過去において国(旧日本軍)に対する軍務等を提供したかどうかという客観的基準によって決せられるべきものであって、日本国籍を有しないというだけで、その対象から除外することは、憲法一四条の禁止する合理的な理由のない差別に該当する疑いがあるものと解される。
もっとも、援護法が軍務等を提供した軍人軍属本人だけではなく、その遺族にも一定の範囲で給付を行うものとしていることからすれば、同法は国家補償の観点だけではなく、社会保障的な観点からも立法されていることが推認されるが、右遺族らに対する給付は補充的なものと考えられるから、同法が右のような社会保障的な性格を有していることは、当然には、国籍条項や戸籍条項を設けて、日本国籍を有しない者にする給付を一切行わないことを合理化する理由にはなりえないものと考えられる。
(4) 平和条約に基づく日本と韓国の「特別取極」による問題解決の可能性と立法裁量
援護法が国籍条項及び戸籍条項を設けたのは、既に判示したとおり、援護法自体としては在日韓国人である軍人軍属等に対する援護は行わないとの立法政策を取ったことによるものであるが、こうした条項が設けられたのは、同法の立法当時、平和条約四条aにより、日本といわゆる分離独立地域(台湾、朝鮮半島等)との間の財産・請求権等の問題は、日本と現にこれらの地域の施政を行っている当局との間の「特別取極」の主題とされることが予定されており、在日韓国人である軍人軍属等の戦争被害に関しても、その「特別取極」の主題として、日本と韓国の二国間協議による外交交渉によって解決される可能性があったという事情が考慮されたことにその実質的な根拠があるものと解される(なお、被控訴人らは、戸籍条項を設けた理由に関して、在日韓国人等の国籍喪失時期等が明確でなかったことを挙げるが、これらは、在日韓国人である軍人軍属等を援護法の支給対象から除外する合理的な根拠になるものとは解されない。)。
そうだとすると、援護法の立法当時においては、右のような事情を考慮して、国籍条項及び戸籍条項を設けたとしても、そのことは在日韓国人である軍人軍属等に対して一切の賠償あるいは補償がなされない結果を当然に招来するものではなく、これらの者を合理的な理由もなく差別したとまではいえないから、我が国の置かれた当時の社会経済状況等を含めて考えると、同法が国籍条項及び戸籍条項を設けたことは憲法一四条の容認する範囲の立法であったものと認められる。
(5) 以上に検討したところによれば、被控訴人国が、援護法の立法当時、国籍条項及び戸籍条項を設けて在日韓国人である軍人軍属等を日本国籍を有する軍人軍属等との間でその法的取扱いを異にしたことは、同法に基づく援護の本質が使用者である国(旧日本軍)と被用者である軍人軍属等との関係に基づくものであることからすると、憲法一四条の趣旨に沿った立法であるといえるかどうかには疑問は残るものの、在日韓国人等の戦争被害に関する賠償問題が、平和条約に基づく日本と韓国との間の「特別取極」の対象とされていた等の事情があったことを理由とする点においてはそれなりの合理的な根拠があったものと認められる。
したがって、被控訴人国が、援護法に国籍条項及び戸籍条項を設けたことは、立法政策としての当否はともかく、憲法一四条に違反するものとはいえない。
(四) 日韓請求権協定の締結が国籍条項及び戸籍条項に及ぼす影響
(1) 日韓請求権協定の締結
日本と韓国との間においては、援護法に先立つ昭和二六年一〇月二〇日、平和条約四条aに基づく「特別取極」の主題として、両国間の財産・請求権等の問題についての予備会談が行われ、その後、昭和二七年二月一五日から開始された数次の会談を経て、昭和四〇年六月二二日、右特別取極の一つとして、日韓請求権協定が調印され、同年一二月一八日に発効した。
右協定二条1は、「両締約国は、両締約国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、……日本国との平和条約第四条aに規定されるものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなる。」と規定し、同二条3は、「2の規定に従うことを条件として、一方の締約国及び国民の財産、権利及び利益であってこの協定の署名の日に他方の締約国及びその国民に対する請求権であって同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする。」と規定している。
そして、右協定二条2は、「この条の規定は、次のもの……に影響を及ぼすものではない。」と規定しており、それを受けて、aとして「一方の締約国の国民で一九四七年八月一五日からこの協定の署名の日までの間に他方の締約国に居住したことがあるものの財産、権利及び利益」(ここに「他方の締約国に居住したことがあるもの」とは、主として、在日韓国人等を意味する。)を挙げている。
また、右協定についての合意議事録2aには、同協定二条2aにいう「財産、権利及び利益」とは、「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいうことが了解された。」旨記載されている。
もっとも、日本政府は、日韓請求権協定合意議事録2aの反対解釈から、同協定二条1、3にいう請求権とは、「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利」に限定されているところ、援護法に基づく受給権を有する者は、立法当時から日本国籍を有する者に限定されており、在日韓国人である軍人軍属等は当初から請求権を有しないから、右にいう「実体的権利」には該当せず、韓国政府の外交保護権の放棄により、右請求権の問題は完全かつ最終的な解決がなされているとの立場を取っているのに対し、韓国政府は、日韓請求権協定の締結交渉過程において、一貫して、在日韓国人等(控訴人ら在日韓国人軍属等を含む。)の補償請求権は同協定の完全かつ最終の解決の対象外であるとの立場を取り、同協定二条2a及び合意議事録2aの解釈としても、右補償請求権は、国家を含む義務の賦課による義務者の役務提供という公法関係において、個人が被った被害及び犠牲に対し、国家から補償を受ける権利であり、補償要件を充足する被害者に対し、国家は行政債務を負うから、右補償請求権は、同協定二条2aの「財産、権利及び利益」に該当するとの解釈から、同協定二条の実施に伴って韓国で制定された前記の各補償立法においても、在日韓国人である軍人軍属等をその対象から除外した。
その後、日本においては、右協定二条の実施に伴い、昭和四七年一二月一七日、日韓請求権協定二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律が制定され、韓国又はその国民の財産権であって、同協定二条3の財産、権利及び利益に該当するものは、原則として同協定署名の日(同年一二月一八日)において消滅したものとされ、韓国においても、請求権資金の運用及び管理に関する法律、対日民間請求権申告に関する法律、対日民間請求権に関する法律等が制定され、韓国政府は、日韓請求権協定の経済協力により導入された資金等によって、韓国国民の日本国政府に対する各種債権や日本国により軍人軍属等として召集され又は徴用され、終戦前に死亡したことにより日本国に対して有した請求権等の民間請求権の補償がされたが、在日韓国人は、前記のとおり、その対象外とされた。
(2) 国籍条項及び戸籍条項に関する立法事情の変化
援護法の立法当時の事情からは、同法が国籍条項及び戸籍条項を設けたことが直ちに憲法一四条に違反するとはいえないことは既に判示したとおりであるが、援護法の支給対象から在日韓国人である軍人軍属等を除外することを合理化しうる実質的な根拠が、在日韓国人等の戦争被害に関する賠償問題を平和条約に基づく「特別取極」の主題として、日本と韓国の二国間協議によって解決すべきものとされていた点にあることからすれば(実際にも、日韓請求権協定締結後、韓国政府は、韓国国内の韓国人に対しては前記のとおりの補償を行っている。)、国籍条項及び戸籍条項が右協定の締結後においても合理性を有するかは、その後に行われた日本と韓国との二国間協議により、在日韓国人である軍人軍属等に対しても、援護法による援護の趣旨に沿った解決がされたかどうかが重要な問題となるものと考えられる。
何故なら、右二国間協議により、在日韓国人である軍人軍属等に相当の補償がされた場合には、援護法がこれらの者をその支給対象から除外したとしても、それによってこれらの者に不合理な差別がもたらされるわけではないから、国籍条項及び戸籍条項を設けたことは憲法一四条に違反するとはいえないが、右二国間協議における「特別取極」において、在日韓国人である軍人軍属等に何らの補償もなされなかった場合には、援護法が国籍条項及び戸籍条項を設けて在日韓国人である軍人軍属等を同法の対象から排除する根拠それ自体が失われることになり、日韓請求権協定の締結後も、国籍条項及び戸籍条項を引き続き適用して、これらの者を援護法の支給対象から一切除外してしまうことは、国家と一定の地位にあった者に対して援護を行うこととした援護法の立法趣旨から判断しても、極めて不合理な結果をもたらすことになるからである。
ところで、援護法制定前後から行われた数次にわたる日韓会談の結果、日本と韓国との間には日韓請求権協定が締結され、その実施に伴う日本及び韓国における諸立法が行われたが、控訴人ら在日韓国人軍属等は、右協定における「完全かつ最終的な解決」の意味をめぐる日本政府と韓国政府の解釈の違いから、実際には、日本及び韓国のいずれからも補償を受けられず、現在に至るまでその状態が続いていることが認められるから、これらの者は、日本国籍を有する軍人軍属等が援護法に基づいて相応の障害年金等を支給されているのと比較して、著しく不利益な法的取扱いを受けていることは明らかである。
そして、控訴人ら在日韓国人軍属等がこうした著しい不利益取扱いを受けているのは、援護法が、これらの者が被った戦争被害について、日本と韓国との間の特別取極に委ねることを考慮して、国籍条項及び戸籍条項を設けたという事情があり、その後、日韓請求権協定の締結によっても、これらの者が被った戦争被害については何らの補償がされないことが明らかとなったにもかかわらず、国会において、そうした国籍条項及び戸籍条項についての立法事実に関する事情変化を何ら考慮することなく、これらの者に対する補償問題が解決済みであるとして、引き続き国籍条項及び戸籍条項を適用していることに最大の問題があるのであり、こうした状態をそのまま放置することは憲法一四条に違反する疑いがあるものと考えられる。
したがって、国会には、日韓請求権協定の締結後、在日韓国人である軍人軍属等には韓国政府からも何らの援護ないし補償がされないことが判明した後においては、できるだけ速やかに、援護法の国籍条項及び戸籍条項をそのまま存置することが憲法一四条に抵触しないかどうかを再検討の上、これらの規定を改廃したり、新たな補償立法を行うなどの適切な措置を取ることにより、在日韓国人である軍人軍属等に対する法的取扱いを憲法一四条に適合するものに是正することが要請されることになったというべきである。
もっとも、日本政府は、日韓請求権協定の締結によって日本と韓国との間の戦争被害をめぐる賠償問題等は完全かつ最終的な解決に至っているとの見解を取っているところ、右協定の文言解釈として、そのような見解が成立しうる余地はないではない。しかしながら、仮に、そうした見解に従うとしても、日韓請求権協定の締結は、日本と韓国の国家間の合意であって、右協定の締結は、韓国政府が国家として有している韓国国民に対する外交保護権を放棄したことを意味するにとどまり、同協定の締結によって在日韓国人である軍人軍属等が日本に対し個人として有している権利それ自体を消滅させることはできないものと解すべきであるから、援護法の立法趣旨等から判断して、在日韓国人である軍人軍属等にも本来援護法が適用されるべきものであるとすれば、右協定が締結されたということからは、これらの者に援護法を適用しないことが当然に合理化されることにはならないというべきである(なお、日韓請求権協定の締結が戸籍条項の失効をもたらすかどうかについては、別途検討する。)。
(3) 被控訴人らが引用する最高裁平成九年三月一三日第一小法廷判決及び最高裁平成四年四月二八日第三小法廷判決について
被控訴人らは、一般国民の戦争被害と軍人軍属等に生じた戦争被害との間には本質的な差異はないと主張し、その趣旨を肯定した判例として、最高裁平成九年三月一三日第一小法廷判決(民集五一巻三号一二三三頁)や最高裁平成四年四月二八日第三小法廷判決(判例時報一四二二号九一頁)を挙げる。
しかしながら、前者の事案は、元日本軍兵士であるシベリア抑留者が、憲法二九条三項等に基づき、戦争被害の補償等を求めた事件に関するものであって、国が、主権回復後において、シベリア抑留者に対し、その抑留期間中の労働賃金を支払うためには総合的政策判断の上に立った立法措置を講ずることが必要であり、そのような立法措置が講じられていない以上、憲法一四条に基づき、その抑留期間中の労働賃金の支払を請求することはできないこと、また、捕虜としての抑留については、恩給法、戦傷病者戦没者遺族等援護法において一定の立法措置が講じられてきたこと等を理由に、その請求を認めなかったものであり、国が、軍人軍属等に援護を行うとの立法判断をした際に、日本国籍を有する者と同一の立場にあった控訴人ら在日韓国人軍属等に国籍条項及び戸籍条項を理由としてその法律を適用しない差別的取扱いが合理的な差別といえるかどうかが問題となっている本件とは事案を異にすると考えられる。
また、後者の事案は、台湾出身の元日本軍軍人軍属等が、憲法二九条三項等に基づき、あるいは援護法の戸籍条項等が憲法一四条に違反するとして補償等を求めた事案であって、右事案は、その出身地が朝鮮半島ではなく、台湾であるだけで、本件とほぼ同様の事案である。しかしながら、右事案は、台湾住民である軍人軍属が援護法及び恩給法の適用から除外されたのは、台湾住民の請求権の処理は日本国との平和条約及び日華平和条約により日本国政府と中華民国政府との特別取極の主題とされたことから、台湾住民である軍人軍属の補償問題もまた両国政府の外交交渉によって解決されることが予定されたことに基づくものであり、そのことには十分な合理的根拠があるとされているものであるが、台湾住民については、その後、中国に中華人民共和国政府が成立し、昭和四七年九月二九日、日本政府が右政府が中国の唯一の合法政府であることを承認したことにより中華民国政府との特別取極が事実上不可能な状態となった結果、人道的精神に基づくものとして立法されたものとはいえ、台湾住民である戦没者の遺族等に対する弔慰金等に関する法律(昭和六二年法第三一号)及び特定弔慰金等の支給の実施に関する法律(昭和六三年法律第三一号)が制定され、戦没者等又は戦傷病者に弔慰金又は見舞金(一人につき二〇〇万円)が支給される措置が取られている事案であって、こうした代替措置が全く取られていない本件とは同一視できないものと考えられる。
(五) 国籍条項及び戸籍条項とA、B両規約との適合性の有無
(1) A、B両規約の批准
我が国は、昭和五四年六月二一日にA、B両規約を批准し、同年九月二一日にはその国内的効力が発効した。
ところで、憲法九八条二項は、日本国が締結した条約及び確立された国際法規の誠実な遵守をうたっているから、我が国には条約を誠実に遵守する義務があることはいうまでもないところ、条約は法律の上位規範であるから、条約を批准した以上、国会において、国内法の内容が条約の内容に適合するかどうかを見直し、既に制定された法律の規定中に条約の内容に適合しない規定があるような場合には、これらを改廃したり、新たな立法措置を講ずるなどして、条約に違反する状態が生じないように是正すべき一般的な義務があることは明らかである。
(2) 国籍条項及び戸籍条項のA、B両規約との適合性の有無
控訴人は、援護法が、A、B両規約の批准後において、国籍条項及び戸籍条項をそのまま存置していることがA規約二条2あるいはB規約二六条に違反すると主張するので、その判断の前提として、A、B両規約が国内法に適用されるものかどうかについて検討する。
まず、B規約二六条の内容をみるに、同規約二六条は、「すべての者は、法律の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又はその他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等かつ効果的な保護をすべての者に保障する。」と定めているところ、右規定は、人間には固有の尊厳及び平等の奪い得ない権利があることを前提として、法の下の平等を保障しようとするものであって、憲法一四条と同趣旨の規定であることはその文言からも明確であること、その内容の実現に新たな国内法の制定を必要とするものではないことが認められる。
したがって、右規定は、格別の法律を制定するまでもなく、我が国の国内においても当然に適用される(いわゆる自動執行力を有する)ものと解されるから、我が国の裁判所は、国内法がB規約二六条に違反するかどうかが問題とされている場合には、国内法が右規定に違反するかどうかを直接判断することができるものと考えられる(もっとも、B規約の他の条項が自動執行力を有するかどうかについては、同規約の個別の条項の性質、内容等に照らして慎重に検討されるべきものである。)。
そこで、援護法が、B規約の批准後も、国籍条項及び戸籍条項を改廃するなどの措置をとらず、在日韓国人である軍人軍属等をその支給対象から除外している状態がB規約二六条に違反しているかどうかについて考えるに、右規定は、憲法一四条と同様、国籍の有無を理由とする合理的な理由のない差別を禁止するものであることは明らかであるところ、既に判示したとおり、援護法に基づく給付の本質が国(旧日本軍)と雇用関係あるいは雇用類似の関係にあった軍人軍属等に援護することにあったと考えられることからすると、国籍条項及び戸籍条項を理由として、日本国籍を有する軍人軍属等と同一の立場にあった在日韓国人である軍人軍属等に対し、援護法に基づく一切の給付を行わないことは、同法に基づく給付に社会保障的な側面があることを考慮しても、援護を受けるべき地位とは直接には無関係な国籍の有無によって法的取扱いに著しい差異を生じさせる不合理な差別と考えられるから、右規定に違反する疑いがあるものと考えられる。
また、援護法の立法当時は、朝鮮半島出身者等の財産・請求権等の問題が、平和条約に基づく特別取極の主題として、日本と韓国との二国間協議による外交交渉によって解決される可能性があったことが考慮されたという事情があり、それが国籍条項及び戸籍条項を設けることを合理化しうる事情となっていたことは既に判示したとおりであるが、B規約が批准された当時には、在日韓国人である軍人軍属等に対しては日本及び韓国のいずれからも援護ないし補償が行われないことが明らかとなっていたものであって、国籍条項及び戸籍条項をそのまま存置すれば、B規約批准後においても、これらの者が日本国籍を有する者と比較して著しく不利益な状態に置かれたままの状態となることは十分予測できたものであるから、援護法の立法当時、国籍条項及び戸籍条項を設けることに合理的な理由があったというだけでは、B規約批准後も国籍条項及び戸籍条項をそのまま存置することを合理化しうる理由にはならないものと考えられる。
次に、控訴人は、援護法の国籍条項及び戸籍条項がA規約二条2に違反すると主張するので、この点について検討する。
まず、A規約二条2の内容について検討するに、同規約二条2は、「この規約の締結国は、この規約に規定する権利が人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又はその他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等かつ効果的な保護をすべての者に保障することを約束する。」と規定した上、同規約九条において、「この規約の締約国は、社会保険その他の社会保障についてのすべての権利を認める。」と規定し、同規約上の社会保障的側面を有する権利に関しても、B規約二六条と同趣旨の差別的取扱いの禁止条項を設けている。
しかしながら、他方、同規約は、二条1において、「この規約の締約国は、立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するため、自国における利用可能な手段を最大限に用いることにより、個々に又は国際的な援助、協力、特に、経済上及び技術上の援助及び協力を通じて、行動をとることを約束する。」と定めており、同規約が認める権利については、その性質上、締約国が即時には実現不可能な権利も存在することを考慮して、その完全な実現は「漸進的に達成する」ことを是認していることが認められるから、同規約が保障の対象とする権利については、外国人に対しても同様の権利を保障するか、否か、保障をするとしてその内容、程度をどのように定めるか等は、締約国における立法機関の裁量に委ねられているものと解される(その意味において、A規約に関しては、いわゆる自動執行力を肯定するのは困難である。)。
そうだとすると、A規約二条2については、これを国内法に直接適用することはできないと考えるのが相当であるから、仮に、援護法に基づく給付を受ける地位が同規約九条にいう「社会保険その他の社会保障についてのすべての権利」に該当するとしても、これを外国人に保障するかどうかは我が国の国会の立法裁量に属する事柄にすぎず、援護法の国籍条項及び戸籍条項がA規約二条2に違反するかどうかの問題は生じないことになる。
もっとも、控訴人は、右の点に関し、B規約四〇条に基づいて設置されている規約人権委員会が、「一般的意見一八(差別の禁止)」において、B規約二六条の差別禁止の保障は、同規約上に定められた権利に限定されないと述べていること(甲一八参照)等を根拠として、社会保障立法にも及ぶと主張するが、前記に判示したところからしても、A規約上の権利をB規約上の権利を同等に考えることはできない上、人権規約委員会の意見は我が国の裁判所のA、B両規約についての解釈を法的に拘束するものではないから、控訴人の右主張は採用できない。
以上によれば、援護法が、A、B両規約を批准した後も引き続き国籍条項及び戸籍条項を存置していることは、A規約二条2に違反するとはいえないものの、B規約二六条に違反する疑いがあるものと考えられるから、国会には、B規約批准後は、できるだけ速やかに、国籍条項及び戸籍条項をそのまま存置することがB規約二六条に抵触しないかどうかを検討の上、これらの規定を改廃したり、新たな立法措置を講ずるなどして、在日韓国人である軍人軍属等に対する法的取扱いをB規約二六条に適合するように是正することが要請されることになったものというべきである。
(六) 国籍条項及び戸籍条項の存置と国家賠償法一条一項の違法性の有無
(1) 国籍条項及び戸籍条項の存置
援護法に国籍条項及び戸籍条項を設けることは、立法当時の事情の下ではそれなりの合理的な根拠があったと認められるものの、日韓請求権協定の締結後は合理的な理由を失い、憲法一四条に違反する状態となっている疑いがあり、また、B規約の批准後は同規約二六条にも違反する疑いがあるから、国会には、国籍条項及び戸籍条項を改廃したり、新たな立法措置を講ずるなどして、国籍条項及び戸籍条項による在日韓国人である軍人軍属等に対する不利益取扱いを是正することが要請されているものと考えられるところ、国会は、日韓請求権協定後においても、さらに、B規約批准後においても、これらの者に対する補償問題は日韓請求権協定の締結によって解決済みであるとの立場から、国籍条項及び戸籍条項をそのまま存置していることは既に判示したとおりである。
(2) 国家賠償法一条一項の違法性の有無
ところで、国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務上の義務に違背して国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものであるから、国会議員の立法行為(立法不作為を含む。以下、立法不作為を含めて「立法行為等」ということがある。)についても、それが職務上の義務に違背する場合には、国家賠償法上の違法な行為と評価されることがあることはいうまでもない。
しかしながら、国会議員は、国民からの付託を受け、自由な討論を通して国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を調整し、これを立法過程に反映させるという役割を担っており、その職務の性質上、立法の内容に関しては元々広範な裁量権を有しているものと考えられるから、国会議員の立法行為等が国家賠償法上の違法な行為に該当するというためには、その立法行為等が国会議員の有している広範な立法裁量権を逸脱したと評価しうる場合であること、換言すれば、立法の内容が憲法あるいは条約(たとえばB規約二六条等)の一義的な文言に違反しているにもかかわらずあえて立法を行うとか、既に制定されている法律の内容が立法事実についての事情変化等により憲法あるいは条約に明らかに違反する状態となっているにもかかわらず、あえてその是正を行わないといった立法不作為があるといった例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けるものではないものと解される(最高裁昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁参照)。
そこで、国会(国会議員)が援護法の国籍条項及び戸籍条項をそのまま存置している立法不作為を国家賠償法一条一項の違法な行為と評価しうるどうかについて検討するに、援護法の国籍条項及び戸籍条項が立法当時にはそれなりの合理的な根拠があったこと、同法に基づく障害年金等を受給する権利は、その本質は国家補償に基づく権利と解すべきであるが、社会保障的な側面をも有する権利であって、社会保障的な権利の内容をどのように定めるかは一般的には国会の立法裁量に属する事柄と考えられていること等を勘案すると、国会が、日韓請求権協定の締結あるいはB規約の批准後も、国籍条項及び戸籍条項をそのまま存置したのは、国籍条項及び戸籍条項が憲法一四条あるいはB規約に違反する疑いがあるとは判断していなかったことによるものと推認されるのであって、国籍条項及び戸籍条項が憲法一四条あるいはB規約に一義的に違反することを認識しながら、あえて国籍条項及び戸籍条項を存置したものとまで認めるのは困難である。
したがって、国会には、今後できるだけ速やかに、援護法の国籍条項及び戸籍条項を憲法一四条及びB規約二六条の趣旨に適合するように改廃したり、新たな立法措置を行うなどして、在日韓国人である軍人軍属等に対する差別的取扱いを憲法一四条あるいはB規約に適合するように是正することが要請されているというべきであるが、国会が、日韓請求権協定後あるいはB規約批准後も国籍条項及び戸籍条項をそのまま存置した立法不作為それ自体を国家賠償法一条一項の違法な行為と評価することはできないというべきであり、国会の右立法不作為が国家賠償法上の違法な行為と評価され得るとしても、それは、国会が今後も何らの是正措置を行わず、その是正に必要な期間を経過したような場合に限られると解するのが相当である。
(3) 被控訴人国に対する国家賠償請求について
以上によれば、国会(国会議員)が日韓請求権協定の締結後あるいはB規約の批准後も、引き続き、援護法の国籍条項及び戸籍条項を存置してきた立法不作為それ自体は違法とはいえないから、控訴人の被控訴人国に対する国家賠償請求は、現段階においては、これを認容することはできないというべきである。
二 被控訴人厚生大臣に対する請求の可否
1 戸籍条項の失効について
援護法は、附則二項において、「戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しない。」との戸籍条項を定めているが、前記一(被控訴人国に対する損害賠償請求の可否)の3(二)(2)に認定したとおり、右戸籍条項は、援護法自体としては、在日韓国人等に対する援護は行わないとの立法政策に基づいて設けられたものであり、「当分の間」という文言も、日韓請求権協定の締結等の将来の特定の事柄の発生を予定し、在日韓国人等に対する援護法の適用をその時期までに限る趣者で規定されたものでないことは明らかである。しかも、「当分の間」という法令上の文言が、元々、一般的にも、「別途、当該法令の改廃等の立法措置が講じられない限り当該法令が継続して効力を有する」という意味に理解されていることからすると、戸籍条項が日韓請求権協定の締結等に伴って当然に失効したものと解することはできない。
控訴人は、右の点に関し、援護法に戸籍条項が設けられたのは、同法の立法当時、在日韓国人等の財産・請求権等の問題が日本と韓国との間の平和条約に基づく「特別取極」の主題とされていたという事情があったことによるものであるから、日韓請求権協定の締結によって在日韓国人である軍人軍属等に対しては何らの補償がされないことが明らかになった以上、戸籍条項は当然に失効したと解すべきであると主張する。
しかしながら、戸籍条項が設けられた際の立法事実として控訴人指摘のような事情があることは認められるが、右のような事情変化は、憲法一四条との関係において、戸籍条項を改廃したり、新たな立法措置を講ずるなどの是正措置が必要となるかどうかの問題を生じさせるにとどまるものであって、そのことによって、戸籍条項が立法による改廃を待たずに当然に失効するものではない。したがって、控訴人の右主張は採用できない。
2 戸籍条項と憲法一四条及びA、B両規約との適合性の有無について
戸籍条項と憲法一四条及びA、B両規約との関係並びに日韓請求権協定の締結後あるいはB規約の批准後において、援護法の戸籍条項を適用して控訴人ら在日韓国人軍属等を同法の適用対象から除外することは憲法一四条あるいはB規約二六条に違反する疑いがあることは、前記一(被控訴人国に対する損害賠償請求の可否)の3(三)ないし(五)に判示したとおりである。
3 被控訴人厚生大臣の障害年金請求却下処分について
日韓請求権協定の締結後あるいはB規約の批准後において、引き続き、援護法の戸籍条項(あるいは国籍条項)を適用して控訴人ら在日韓国人軍属等を同法の適用対象から除外することは憲法一四条あるいはB規約二六条に違反する疑いがあり、国会において、できるだけ速やかに、これらの者に対する法的取扱いを是正する立法措置等を行うことが要請されていることは前示のとおりであるが、前記のとおり、戸籍条項が失効したものとは解されない以上、行政機関である被控訴人厚生大臣は、右規定に従って処分の当否を決定すべきものであって、国会が戸籍条項を改廃するなどの是正措置を講じていない段階において、被控訴人厚生大臣が、独自の判断に基づいて、右規定が憲法一四条あるいはB規約二六条に違反する疑いがあると判断して、控訴人に対する関係においてこれを適用しないなどの法律の規定と異なる行政処分を行うことは許されないものと考えられる。
しかも、現行の援護法によれば、障害年金の支給を受けるためには、日本国籍を有していることが必要となるところ、控訴人は、日本国籍を有しない者であるから、仮に、戸籍条項の適用を受けないとしても、援護法本則の国籍条項の要件を満たさないから、現行の援護法を前提とする限り、同法に基づく給付を受ける権利を取得することはできないものである。
なお、控訴人は、援護法が「戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しない。」と規定したのは、旧植民地出身者が帰化等によって日本の国籍を取得し、その戸籍が作成されれば援護法による給付を行うことを予定していたためであるから、援護法本則の国籍条項についても「自己の意思に基づかない国籍喪失」は含まないと解釈すべきであるとし、戸籍条項が適用が排除されれば、控訴人は国籍条項の適用を受けず、援護法に基づく給付を受けることが可能であるかのような主張をするが、同法における「日本国籍を有しない者」の意味を「自己の意思に基づいて日本国籍を喪失した者」に限定して解釈することはできないというべきであるから、控訴人の右主張は採用できない。
したがって、被控訴人厚生大臣が控訴人からの援護法に基づく障害年金請求を却下した処分それ自体は無効とはいえないから、その取消を求める控訴人の請求は理由がない。
第四結論
以上によれば、控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも理由がないことになるから、これと同旨の原判決は結論において相当であって、本件控訴は理由がない。
よって、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 熊谷絢子 亀田廣美)
<以下省略>